2009年12月2日水曜日

【雑談】連続日記。祝日。

 私は千葉市役所を「化学」とい技術職で受験した。 当時は公害真っ盛り。大気汚染や水質汚濁など,化学としての仕事は山のようにあった。 ところが私が配属されたのは「消費対策課」という,予想だにしなかった職場。市民啓発として簡易テストをするというのが,私を要望した理由だった。 だが,職場では化学職としての仕事はほとんどないと言っていいほど。 何度,転職を考えたことか。石の上にも三年という諺が絶えず,頭をよぎった。 私の初仕事は中型バスの後部座席部分に展示品などを詰め込むレイアウトを考えること。最終的に外観図をポスターカラーで仕上げた。周囲の先輩達は驚いたが,大学のデザインクラブで普通にしてきたことなので,驚くに値しないと思っていた。 次の仕事は,消費生活展というデパートでのパネル展示を中心としたお祭り。今でこそ普通に行われている企画だが,当時はこんな形での消費者啓発というのは全国的にも珍しかった。そこでまた,役に立ったのが私のレタリングとデザイン(マンガに近い)技術。 パネル作成を業者に委託すると一枚2万円程もした。ほんの少ししかない予算の中で,充実したパネル展示をするには,私が自分で作るしかなかったのだ。 拙い私の技術がこんなところで出番があったとは幸運の一言に尽きる。 結局,この展示会の担当を18年経験した。展示のたびに私の技術は試され,描くことに慣れていった。 そんな変わった技能を持った職員は市役所の中に誰もいなかった。 私のマンガ技術が役所中に広まっていった。 市の発行物などに,イラストなど殆どない時代から,市民目線を意識し少しずつ変貌していく時代だったのかも知れない。 少しでも市民受けするパンフレットや定期発行物を作りたかったが,予算がないというのが実態だった。 そこで,いつも私のところにお鉢が回ってきた。なにしろ,頼まれた仕事は期限までに確実に仕上げていたから。上手ではないが金がかからないというのが魅力だったんだろう。 一番多かったのが,職員課が発行していた「飛躍」という職員向けのパンフレットへのカット。もう一つ,組合の新聞からも声がかかった。 千葉日報という地元の新聞社に「くらしの110番」という相談事例を書き,これにカットを付けて提供したこともある。新聞記者におだてられ,その気になってしまったんです。隔週ではあったが,2年位は続いたと思う。私の名前は出なかったが,自分のカットが新聞に載るということは密かな楽しみになっていた。 私は化学専門職としての仕事をせず,マンガを描いたり,ガリ版を切ったり,議会答弁の清書をしたりして,余技で目立つことが多かったから,誰も私のことを事務職だと思い込んでいた。 退職するまでそんなふうに思っている人が多かったようだ。人間何が役に立つのか分からない。最初のイラストは「飛躍」のトップに掲載されたもの。二枚目は結婚相談の案内用のリーフレット三枚目は国際交流課が発行していた「Dogwood Now」のカット

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